会社の飲み会って、昔はもうちょい楽しいもんやと思いよった。

仕事終わりにみんなで飯食って、ちょっと酒飲んで、上司も部下も関係なくワイワイして、「たまにはこういうのもええね」ってなるもんやと、社会人になる前はぼんやり思っちょったんよ。

でも実際に社畜として働き始めてみたら、そんなキラキラしたもんじゃなかった。

むしろ最近は、飲み会の予定が入った時点でちょっと気分が沈む。

「うわ、今週それあるんやった」

「帰れると思ったのに帰れんのか」

「また気ぃ遣わんといけんのか」

そんな感じで、楽しみより先にだるさが来る。

もちろん、全部の飲み会が地獄とは言わんよ。

気の合う人だけで行く飲みは普通に楽しい。

仲ええ同僚とサシで行くとか、少人数で飯食いながら愚痴るとか、ああいうのは全然ええ。

問題は、いわゆる**“会社の飲み会”**なんよ。

あれはもう、飯でも酒でもなく、別の仕事なんよね。

仕事が終わったあとに、さらに“空気を読む業務”が始まる。

上司の話にリアクションして、タイミング見て注文して、グラス空いちょらんか気にして、変な沈黙にならんように適度に話振って、でも出しゃばりすぎんようにもして。

酒飲んでリラックスする場のはずなのに、普段の勤務時間より気ぃ張っちょるまである。

ほんでそれに加えて、金も飛ぶ。

時間も飛ぶ。

次の日の体力も飛ぶ。

そりゃしんどいって。

なのに、こういうこと言うと「付き合いも仕事のうち」「若いうちは我慢」「飲みの席でしか築けん関係もある」みたいなこと言われるじゃろ。

いや、わからんでもないんよ。ゼロとは言わん。

でもその理屈で押し切られ続けた結果、社畜はどんどん“勤務時間外の労働”を当然みたいに飲み込まされてきた気がするんよね。

今回は、そんな社畜にとっての飲み会がなぜこんなにしんどいのかを、山口弁まじりでじわじわ書いていこうと思う。

たぶん読んだ人の何割かは、

「わかる、マジでそれ」

ってなるはず。

1. 飲み会がしんどいのは、仕事が終わってないのと同じだから

まず最初に言いたいんやけど、会社の飲み会がしんどい最大の理由って、仕事が終わった感じがせんことなんよ。

これ、ほんまにでかい。

こっちは一日働いちょるわけよ。

朝から出勤して、メール返して、電話取って、気ぃ遣って、ミスせんように神経使って、なんやかんやでようやく定時か残業終わって、「はぁ〜帰れる」ってなっちょる。

そのタイミングで飲み会。

いや、終わらせてくれやってなる。

こっちの感覚からしたら、会社出た時点で仕事スイッチ切りたいんよ。

ネクタイゆるめて、家帰って、風呂入って、メシ食って、ソファでダラダラして、スマホ見ながら意識飛ばしたい。

その“やっと自分に戻れる時間”を、会社のイベントでさらに回収されるわけやん。

しかも飲み会って、ただ座っとけば終わるわけじゃない。

誰の隣座るか。

どの話題なら安全か。

どこまで笑ってええか。

何杯目で止めるか。

上司の自慢話にどう反応するか。

愚痴大会になった時にどう立ち回るか。

帰るタイミングはいつか。

二次会断って空気悪くならんか。

もう考えること多すぎるんよ。

仕事中に使った“気ぃ遣う脳”を、そのまま延長で使わされる感じ。

じゃけえ、飲み会終わって帰る頃には、リフレッシュどころか余計疲れちょる。

しかも不思議なんやけど、ああいう場って「無礼講」とか言いながら、全然無礼講じゃないじゃろ。

むしろ普段より立ち回り難しいまである。

ちょっと黙ったら「元気ないね」って言われるし、

テンション上げたら「調子乗っちょる」って見られるかもしれんし、

早く帰ったら付き合い悪いって思われるし、

最後までおったら今度は疲れ果てるし。

どこに正解あるんやって話よ。

飲み会好きな人は、それを“コミュニケーション”って呼ぶんかもしれん。

でも社畜からしたら、あれは普通に残業の別バージョンなんよね。

パソコン開いてないだけで、やっちょることは対人業務。

しかも残業代も出ん。

そりゃしんどいわ。

2. 金を払ってまで疲れに行くの、冷静に考えてだいぶおかしい

会社の飲み会の何がつらいって、疲れるうえに金まで減ることなんよ。

これ、ほんま納得いかん。

例えばランチ会とかならまだわかるよ。

昼休みにちょっと食って終わりとかなら、まぁ業務の延長っぽいし、まだ被害が少ない。

でも夜の飲み会は違う。

会費4000円、5000円、下手したら6000円。

今のご時世、その金額って普通にでかい。

スーパーで何日分も買えるし、家族で外食一回行けるし、サブスク何個分よって話やん。

こっちは日々、

「昼飯ちょっと抑えよう」

「コンビニ寄る回数減らそう」

「今月は出費きついな」

とか考えながら生きちょるんよ。

なのに会社の飲み会は、わりと当然みたいな顔で金が飛ぶ。

しかも内容も別に特別うまいわけじゃない。

飲み放題の薄い酒と、量のわりに微妙なコース料理。

枝豆、ポテト、唐揚げ、なんかよくわからんサラダ、締めの雑炊。

いや、店は悪くないんよ。問題はそこじゃない。

その料理を、疲れた状態で、気ぃ遣いながら食っても、そんな感動ないってことなんよ。

ほんで会計の時、

「まぁこういうのも必要経費よね〜」

みたいな空気になる。

必要経費て。

いや、ワシの意思で行きたい外食ならええんよ。

好きな店行って、好きなもん食って、好きな人と話して、その金額なら全然納得できる。

でも会社の飲み会はそうじゃない。

半分強制みたいな空気の中で、金出して、疲れて帰る。

冷静に考えたら、だいぶ理不尽じゃない?

これが若い頃はまだ、

「まぁ社会勉強か」

「付き合いも大事やし」

で飲み込めたんよ。

でも年齢重ねるほど思う。

この金と時間、もっと自分のために使いたい。

ほんまこれ。

家でゆっくり飯食いたい。

子どもと過ごしたい。

副業したい。

動画見たい。

早く寝たい。

ただ静かに一人でいたい。

そういう“自分の回復に使える時間”とお金を、会社の付き合いに吸われるの、そりゃしんどいに決まっちょる。

社畜って、勤務時間だけじゃなくて、勤務時間外の資源まで会社に持っていかれるんよね。

時間、体力、気力、金。

それが積み重なると、「飲み会」って言葉見ただけでゲンナリするようになる。

たぶん嫌なんは酒じゃない。

人付き合いそのものでもない。

**“自分の生活を削ってまでやる価値が見えんこと”**がしんどいんやと思う。

3. 飲み会で深まる絆より、削られるメンタルの方が大きい夜もある

会社の飲み会肯定派がよく言うのが、

「飲みの席じゃないと聞けん本音がある」

「仕事だけじゃ見えん人柄がわかる」

「ここで距離が縮まる」

ってやつ。

たしかに、それがゼロとは言わん。

たまにはそういう場面もある。

普段怖い上司が意外と気さくやったとか、無口な同僚と話したら面白かったとか、そういうこともなくはない。

でもな、毎回そうじゃないんよ。

むしろ社畜にとっては、距離が縮まるどころか、

余計に気疲れして終わる夜の方が多いまである。

例えば、上司の昔話が延々続くパターン。

若い頃の武勇伝、自分がどれだけ苦労したか、昔はもっと厳しかった、今の若いやつは…みたいな話を延々聞かされる。

そのたびに「すごいですね」「勉強になります」って顔しとかんといけん。

あるいは、仕事の愚痴大会になるパターン。

あの部署がどうだ、この人がどうだ、上は現場をわかっちょらん、みたいな話がぐるぐる回る。

確かに共感はできる。けど、仕事終わりにまで仕事の嫌な話を聞き続けるの、普通にしんどい。

さらに面倒なんが、酔って距離感おかしくなる人。

やたら絡んでくる人、おんなじ話を何回もする人、説教スイッチ入る人、急に人生相談してくる人、逆にこっちのプライベート根掘り葉掘り聞いてくる人。

悪気ないんかもしれんけど、受ける側はたまったもんじゃない。

「彼女おるん?」

「子どもまだ?」

「休みの日何しよるん?」

「副業とかやっちょる?」

「給料いくら?」

「転職とか考えんの?」

いや、なんでそこまで開示せんといけんのや。

普段なら流せることも、疲れちょる夜だと刺さるんよね。

笑ってかわしながら、内心はどんどん削られていく。

ほんで一番きついのは、そういう場で傷ついても、表に出しにくいことなんよ。

「あれ嫌やったな」

「正直しんどかった」

って思っても、次の日には何事もなかった顔で仕事せんといけん。

これ地味にくる。

飲み会って、その場の2時間3時間だけの問題じゃないんよ。

その後の数日まで引きずることあるけえね。

変なこと言ってなかったかなとか、あの返し失礼じゃなかったかなとか、あの話題触れん方がよかったかなとか。

反省会が頭の中で始まる。

ただでさえ平日の夜って貴重なのに、飲み会後はその夜も、次の日のメンタルも持っていかれる。

そりゃ「絆が深まる」より「寿命が縮む」の方を感じやすいわけよ。

4. 社畜が本当に欲しいのは、飲みニケーションじゃなく“静かな自由時間”

ここまで来るともうわかるんやけど、社畜が飲み会を嫌がる理由って、単純にコミュ障とかノリ悪いとかじゃないんよ。

もう自由時間が貴重すぎるんよね。

これがでかい。

若い頃は多少無理できるんよ。

仕事終わりに飲んで、終電近くで帰っても、次の日なんとかなる。

勢いもあるし、「まぁそれも青春」みたいなノリで流せる。

でも社畜生活が長うなると、平日の夜の価値がどんどん上がる。

一人でぼーっとする時間。

家族と話す時間。

好きな動画見る時間。

風呂入ってゆっくりする時間。

副業する時間。

早めに寝る時間。

このどれもが、ほんまに尊い。

毎日仕事で削られちょるけえ、そのわずかな回復時間が命綱なんよ。

それを会社の飲み会で持っていかれると、そりゃ嫌にもなる。

しかも最近はみんな余裕ないじゃろ。

物価も上がるし、将来も不安やし、体力も落ちるし、心もすり減るし。

そんな中で「飲んで仲良くなろう!」って言われても、こっちはまず自分を回復させたいんよ。

社畜に必要なのは、テンション高い交流会じゃなくて、

誰にも気を遣わんでええ静かな時間

だったりする。

家に帰って、靴脱いで、「あ〜終わった」って言うあの時間。

コンビニで好きなもん買って帰る時間。

誰にも話しかけられずに飯食う時間。

風呂でぼーっとする時間。

寝る前にスマホ見ながら意識飛ぶ時間。

あれがないと、ほんまに回復せん。

飲み会好きな人は、それで元気になるんかもしれん。

でもそうじゃない人にまで同じ価値観を押しつけるのは、なかなかしんどい時代になっちょると思う。

今はもう、「飲みに来る=やる気ある」「断る=付き合い悪い」みたいな雑な見方は、そろそろ終わりにしてほしい。

家にまっすぐ帰る人にも事情がある。

単純に疲れちょるだけかもしれんし、守りたい時間があるだけかもしれん。

会社のために働いて、そのうえプライベートまで差し出して、“付き合い”の評価までされるのは、さすがにしんどい。

社畜が欲しいのは、飲み会での一体感じゃない。

ちゃんと自分の人生に戻れる時間なんよ。

5. まとめ|飲み会がしんどいのは、あなたのノリが悪いからじゃない

会社の飲み会をしんどいと思う。

予定が入った時点で気が重い。

行く前からだるい。

行ったら行ったで疲れる。

帰ったあとに「やっぱり今日もきつかったな」ってなる。

こういう感覚を持っちょる人、たぶんかなり多いと思う。

でもそれって、ノリが悪いからでも、協調性がないからでもないんよ。

毎日ちゃんと働いて、もう十分気を遣っちょるから。

これに尽きる。

勤務中ずっと神経使って、

ようやく終わったと思ったら、

今度は“会社の顔”のままで飲み会に参加して、

さらに金まで払う。

そりゃしんどいって。

むしろ平気な顔し続ける方が難しい。

もちろん、飲み会が悪そのものとは言わん。

楽しい人もおるし、必要な場面もあるかもしれん。

でも少なくとも、「みんな好きなはず」「行って当然」「断ると冷たい」みたいな空気は、だいぶきつい。

今の社畜に足りんのは、酒の席での盛り上がりより、

安心して一人になれる時間

だったりする。

まっすぐ帰って、好きなもん食って、静かに過ごして、明日に備える。

それだけのことが、実はめちゃくちゃ大事なんよね。

飲み会を断りたくなる夜があってもええ。

帰りたいと思ってもええ。

お金も時間ももったいないって感じてもええ。

それはわがままじゃない。

ちゃんと自分の生活を守ろうとしちょるだけなんよ。

社畜って、会社に合わせることには慣れちょる。

でも、自分のしんどさを優先するのは苦手なんよね。

じゃけえたまには、「今日は行かん」「今日は帰る」「今日は自分の時間を守る」って判断してもええと思う。

飲み会に出ることが誠実さじゃない。

毎日壊れんように生き延びることの方が、よっぽど大事やけえ。

結局のところ、社畜が飲み会をしんどいと思うのは、

酒が嫌いだからでも、人が嫌いだからでもない。

金と時間と気力が、もうそんなに余っちょらんから。

ただそれだけなんよ。

そしてその感覚は、全然おかしくない。

むしろかなり正常じゃけ。

有給を取っても心が回復しない社畜、休み方を忘れたまま働く末路録よ「有給取ったのに、全然回復した気がせん」 これ、社畜あるあるじゃない? 昔は休みって聞いたら、それだけでテンション上がりよっ...