「有給取ったのに、全然回復した気がせん」

これ、社畜あるあるじゃない?

昔は休みって聞いたら、それだけでテンション上がりよったんよ。前の日の夜から「明日は何しようかの〜」ってワクワクして、ちょっと夜更かししても許される気がして、朝は自然に目が覚めて、それだけで幸せやった。

でも今は違う。

有給が決まった瞬間はたしかに嬉しい。けど、その嬉しさってほんの一瞬なんよね。実際に休みに入ったら、思ったほど心が軽くならん。昼まで寝てもスッキリせんし、好きなもん食べてもなんか満たされん。動画見ても、ゲームしても、布団でゴロゴロしても、「ああ休めたなぁ」って感覚にならんのよ。

それどころか、夕方くらいになったらもう次の日のこと考えて気が重くなる。

「明後日また仕事か」

「休んだ分、机の上やばいんやない?」

「LINEとかメールたまっちょるやろうな」

そんなことばっかり頭に浮かんできて、結局、体は休んだはずなのに心はずっと会社の近くにおるみたいな感じになる。

これ、ほんま怖いんよ。

疲れちょるのに休みで回復できんって、もう“休み方”自体を忘れちょるってことやけえね。

今回はそんな、有給を取っても回復できん社畜のリアルを、山口の片隅からじわじわ語っていこうと思う。

たぶん読む人によっちゃ「それワシのことやん」ってなるはず。

1. 有給が“楽しみな日”じゃなく“逃げる日”になった

 

本来、有給ってええ制度なんよ。

休む権利がある。給料も出る。堂々と休んでええ。冷静に考えたら最高なんよね。

でも社畜生活が長うなると、この有給の意味がちょっとずつ変わってくる。

最初の頃は「旅行行こう」「買い物行こう」「平日の空いた店に行こう」みたいな感じやった。けど、そのうち有給は“楽しみのため”じゃなく、“耐えられんから逃げるため”に使うようになる。

朝起きた瞬間から体が重い。

会社のこと考えただけで胃がキュッとなる。

なんか知らんけど涙が出そうになる。

そういうときに「もう無理や、今日有給使おう」ってなる。

これ自体は悪いことじゃない。ほんまにきついなら休んだ方がええ。無理して行って壊れるより、100倍まし。

でも問題は、その休みが“回復”にならんことなんよ。

朝、会社に連絡入れて休みが確定した瞬間、ちょっと安心する。

「ああ、今日行かんでええんや」

この瞬間だけはマジで生き返る。

でも、そのあとが続かん。

布団に戻っても、頭は妙に冴えちょる。

せっかく休んだんやけえ有意義に過ごした方がええんやないか、いやでも今日は休むために休んだんやし寝た方がええんやないか、でも寝たら寝たで一日無駄にした気がするし……って、脳内会議がずっと続く。

結局、昼までスマホ見て終わる。

SNS見て、ニュース見て、YouTube見て、なんとなく時間が溶ける。

で、気づいたらもう昼過ぎ。

「何しよったんやろ……」ってなる。

外に出る元気もない。

かといって家におっても楽しくない。

飯食っても美味さが半減しちょる。

好きやったことすら、なんかダルく感じる。

これ、休めちょるようで全然休めちょらんのよ。

有給が“ご褒美”じゃなく“緊急避難”になった時点で、心の疲れはかなり進んじょるんやと思う。

そして一番きついのは、その状態に自分でも慣れてしまうことなんよね。

「まぁこんなもんやろ」

「社会人ってそういうもんやろ」

そうやって自分を納得させながら、回復しきらんまままた会社に戻っていく。

怖いのは大ケガじゃなくて、こういう小さい消耗の積み重ねなんかもしれん。

2. 休んでも回復せんのは、体じゃなく心がずっと出勤しちょるから

社畜が有給取っても回復せん理由、たぶんこれなんよ。

体は家におるのに、心だけ会社に出勤しちょる。

これ、めちゃくちゃある。

休みの日でも、頭の中では仕事のことが流れ続ける。

あの案件どうなったかの。

あの人、機嫌悪かったな。

あれワシの言い方まずかったかもしれん。

明日あれやらんといけん。

メール返ってきちょるかもしれん。

グループLINE動いちょるかな。

休んだこと、なんか思われちょらんかな。

……もうええって。

休みの日まで会社のサブ端末みたいになっちょるやん。

本来、休みって仕事から離れるためにあるはずなんよ。

でも社畜って、会社から物理的に離れることはできても、精神的には全然離れられんのよね。

スマホひとつで全部繋がる時代じゃろ。

メールも見れる、チャットも見れる、電話も来る。

見ようと思えばいつでも見れる。

そして真面目な人ほど、見んでええのに見てしまう。

ほんで見たら最後よ。

「うわ、これ面倒なことなっちょる」

「返信した方がええかな」

「いや休みなんやけえ返さんでええやろ」

「でも無視したって思われたら嫌やな」

って、休みの日にまで気ぃ遣い始める。

もう、なんのための有給なんかわからん。

しかも厄介なのが、仕事が好きとか嫌いとか関係ないんよ。

嫌いでも気になるし、責任感がある人ほど余計に引っ張られる。

「自分がおらんせいで迷惑かかるんやないか」

って思ってしまう。

いや、ほんまは違うんよ。

一人休んだくらいで崩れる職場なら、その仕組みの方がおかしい。

でも現場で働いちょると、そんな正論じゃ割り切れんのよね。

それに、休むことに罪悪感がある人も多い。

熱が出たとか、病院行くとか、明確な理由があればまだマシ。

でも「なんかもう無理」って理由で休むと、自分で自分を責めてしまう。

「甘えなんやないか」

「このくらい皆我慢しちょるんやないか」

「自分だけ弱いんやないか」

いやいや、そんなことない。

無理なもんは無理。

心がしんどいのも立派な疲労なんよ。

でも社畜やってると、熱が38度出ても働くのが美徳みたいな空気あるやん。

メンタルの不調なんか、なおさら見えんし説明もしにくい。

だから結局、「ちょっと疲れちょるだけ」で片付けてしまう。

その結果、体は休みでも心がずっと仕事モードのまま。

だから回復せん。

そりゃ当然よね。電源切っとらんのに、充電だけしようとしても無理なんよ。

3. 何もしてないのに疲れる休日、それは怠けじゃなく消耗です

有給の日、結局何もできんかった。

これで自分を責める人、かなり多いと思う。

「せっかく休んだのに寝て終わった」

「掃除でもすればよかった」

「役所行けばよかった」

「副業ちょっとでも進めればよかった」

「なんか生産的なことできたやろ」

……わかる。痛いほどわかる。

でもな、何もできん休日って、怠けじゃないことが結構あるんよ。

むしろそれだけ消耗しちょるってことなんよね。

ほんまに元気があるときって、人は自然に動けるんよ。

ちょっとコンビニ行こうかな、ついでに掃除しようかな、飯でも作ろうかなって、無理なく体が動く。

でも消耗しすぎちょると、その“ちょっと”ができんのよ。

顔洗うのすらだるい。

着替えるのもしんどい。

外に出るなんてもってのほか。

冷蔵庫開けるのすら面倒で、適当にカップ麺とかお菓子で済ませたりする。

ほんで、そんな自分を見てさらに落ち込む。

最悪のループやんね。

しかも今の時代、SNS見たら意識高い人がようけ出てくるじゃろ。

「有給を活用して資格勉強!」

「朝活してカフェで読書!」

「平日休みを満喫して最高!」

みたいなんが流れてくる。

あれ見て、「ワシ何しよるんやろ……」ってなる。

でも比べたらいけんのよ。

相手が元気な状態での休日と、こっちの“限界避難日”を比べても意味ないけえ。

有給って毎回キラキラしちょらんでええ。

休むための休みなら、寝るだけでもええ。

ぼーっとするだけでもええ。

何もせんで終わっても、それがその日に必要なことやったんかもしれん。

ただ、それでも苦しいのは、社畜って“休むこと”にさえ成果を求めてしまうからなんよね。

休むならスッキリしたい。

寝るなら完全回復したい。

せっかく一日あるなら何か得たい。

そうやって、休みの日までコスパを求めてしまう。

もうその時点で脳が働きすぎなんよ。

ほんまの意味で疲れちょるときは、「今日は何もせんかったけど、まぁええか」で終われることが大事なんかもしれん。

でもそれが難しい。

社畜生活が長いと、何もしない自分を許す筋肉が衰えちょるんよ。

ワシら、休むの下手になったんじゃなくて、

休むことに罪悪感を感じるように教育されすぎたんかもしれんね。

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4. 休み方を忘れた社畜が、本当に取り戻したいのは“時間”じゃなく“感覚”

たぶん社畜が欲しいのって、単なる休日の数じゃないんよ。

もちろん休みが多いに越したことはない。そりゃ週休3日ほしいし、できるなら毎月連休ほしい。

でも、ただ休みが増えたら全部解決するかっていうと、そうでもない気がする。

問題は、休んでも休んだ感じがせんことなんよね。

つまり、ワシらがほんまに失いかけちょるのは“時間”そのものより、

安心して緩める感覚なんやと思う。

昔は休日って、何も考えんで笑えたはずなんよ。

昼まで寝ても罪悪感なかったし、テレビ見ながらダラダラしても「休日やし」で済んだ。

明日のことなんか夜になるまで考えんかった。

でも今は違う。

休みの日でも、どっかでずっと気が張っちょる。

LINEの通知音にビクッとする。

月曜を思い出して胃が重くなる。

夜になると現実が近づいてきて落ち込む。

せっかくの休みなのに、心が一日中“自由”にならん。

これって、かなりきつい状態なんよね。

じゃあどうしたらええんか。

正直、劇的な解決策はない。

「こうすれば全部回復します!」なんて話があれば苦労せん。

でも、少なくともワシはこう思う。

まず、有給一日で全部治そうとせんこと。

これ大事。

一回休んだからって、何ヶ月分もの疲れが消えるわけないんよ。

スマホの充電10%のまま何週間も酷使しとって、30分つないだだけで100%になるわけないやん。それと一緒。

次に、休みの日に会社の情報をなるべく入れんこと。

メール見ん。チャット見ん。仕事の連絡見ん。

できる範囲でええけど、意識して“切る”時間を作る。

これほんま大事。

それと、休みにやることを増やしすぎんこと。

有給取ったし、あれもこれもやろう、ついでに副業も進めよう、掃除も買い物も片付けも……って詰め込んだら、結局また“仕事”になる。

休みまでタスク化したら、心が休まる暇ないんよ。

あとは、「回復しきらんでも当然」って思うこと。

これが意外と救いになる。

有給取ったのに元気にならんかった、って落ち込むんじゃなくて、

「そんだけ疲れちょるんやな」

って認めるだけでもちょっと違う。

ワシらさ、頑張ることには慣れちょるんよ。

無理することにも慣れちょる。

でも、自分の限界を認めることには慣れてない。

じゃけえ、たまには

「今日はもう回復せんでええ。ただ壊れんかったら勝ち」

くらいでええんよ。

それでもまた月曜は来るし、現実は消えん。

でも、そんな中でもちょっとずつ“休む感覚”を取り戻していくしかないんやと思う。

完璧に元気にならんでもええ。

とりあえず、会社のことを考えん時間が10分でも増えたら前進。

飯がちょっと美味しく感じたら前進。

風呂入って「あ〜」って言えたら前進。

社畜の回復って、案外そんな小さいとこからなんかもしれん。

5. まとめ|有給で回復できないのは、あなたが弱いからじゃない

有給を取っても心が回復しない。

休んだはずなのにしんどい。

何もしてないのに疲れが抜けん。

そんな自分を見て、「ワシってほんまダメやな」って思ってしまうこと、あるよね。

でも、それは弱いからじゃない。

むしろ、ずっと頑張ってきた証拠なんよ。

ちゃんと行って、

ちゃんと耐えて、

ちゃんと気ぃ遣って、

ちゃんと責任背負ってきたからこそ、

休み一日じゃ戻らんくらい心がすり減っちょる。

有給で回復できんのは、怠けじゃない。

サボりでもない。

甘えでもない。

それだけ今まで無理しちょったってことなんよ。

ほんで、社畜が一番しんどいのは、疲れそのものより

「休んでも元気にならん自分」に絶望することなんかもしれん。

でも安心してほしい。

それ、あなただけじゃないけえ。

多くの社畜が、似たような顔して働いちょる。

有給の前日は嬉しいふりして、

有給当日はちゃんと休めんくて、

有給明けには何事もなかった顔で出勤しちょる。

みんな、わりとギリギリなんよ。

じゃけえまずは、

「有給取ったのに回復せんかった」

じゃなくて、

「それでも休もうと思えた」

ことを認めてやってほしい。

ほんまにきついときって、休む判断すらできんことあるけえね。

休んだ、それだけでも一歩なんよ。

そしてできるなら、休みの日まで自分を責めんでほしい。

寝て終わってもええ。

ダラダラして終わってもええ。

何も生み出せん日があってもええ。

社畜に足りんのは、根性じゃない。

たぶん**“安心して休んでええ”と思える感覚**なんよ。

有給一日で人生は変わらん。

職場も急には変わらん。

でも、休み方を少しずつ思い出していくことはできる。

「今日は会社のこと考えん時間を作れた」

「ちょっとだけ気持ちが軽かった」

「飯がうまかった」

そのくらいでええ。

社畜の悪あがきって、派手な逆転じゃないんよね。

こういう小さい回復を拾い集めながら、なんとか壊れんように前に進むことなんよ。

無理して笑わんでもええ。

元気なふりせんでもええ。

休んでも回復せん日はある。

それでも、休むことを諦めんかった人から、少しずつ戻っていくんやと思う。

……まぁ理想は、

有給取ったらちゃんと回復する人生なんやけどね。

ほんま、それが一番なんじゃけど。

現実はなかなかそうはいかん。

じゃけえ今日も社畜は、

「せめて明日を乗り切れるくらいには回復したい」

そんなささやかな願いを胸に、布団にもぐるわけです。

泣けるほど地味やけど、

それでも生きちょるだけで、まずは十分えらい。

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