仕事終わりに何か始めようとして毎回終わる
はじめに
社畜って、仕事終わりに毎回ちょっとだけ夢を見るんよね。
「今日は帰ったらやろう」
「ブログちょっと書こう」
「副業の準備だけでもしよう」
「筋トレでもええけぇ少し動こう」
「勉強10分だけでもやろう」
朝は無理。
仕事中も無理。
昼休みも限界がある。
じゃあ自分の人生を変える時間って、結局仕事終わりしかないんよね。
でも現実はどうかというと、家に帰る頃にはもう電池切れ。
晩ごはん食べて、風呂入って、ソファに座ったら終了。
スマホ見ながら「今日はもうええか…」で終わる。
それで寝る前に、ちょっとだけ自己嫌悪する。
これ、めちゃくちゃあるあるじゃない?
やる気がないわけじゃない。
変わりたい気持ちは本物なんよ。
ただ、仕事終わりの社畜には、気力と体力が残っちょらん。
そこがしんどい。
今回はそんな、仕事終わりに何か始めようとして毎回終わる社畜の現実を、山口弁まじりでリアルに書いてみる。
「わしのことやん」ってなる人、かなりおると思う。
帰るまではやる気がある
不思議なんじゃけど、仕事が終わるまではわりとやる気あるんよね。
退勤前とか帰り道とか、頭の中ではけっこう前向きなんよ。
「今日は帰ったらパソコン開こう」
「とりあえず副業の登録だけでもするか」
「YouTubeで勉強動画1本見るのもありやな」
「筋トレ3セットくらいならできるやろ」
そんな感じで、帰る前の自分はなかなか意識高い。
この時間の自分、嫌いじゃない。
むしろちょっと希望すらある。
今日こそ何か始められるかもしれん。
このまま少しずつでも進めば、人生変わるかもしれん。
そんなことを思える瞬間なんよね。
でも、その希望は家に着くまでなんよ。
信号待ち。
渋滞。
満員電車。
疲れた足。
だるい肩。
空腹。
眠気。
そういうもんを乗り越えて帰宅した頃には、さっきまでの前向きさがだいぶ薄れちょる。
帰るまではやる気ある。
でも、帰った瞬間に別人みたいになる。
これが社畜あるあるなんよね。
ソファの魔力が強すぎる
家に帰って、靴脱いで、荷物置いて、ちょっと一息つこうと思ってソファに座る。
ここで終わるんよ。
ほんまに終わる。
「5分だけ休もう」
「ご飯の前にちょっとだけ座ろう」
「風呂入る前に少しだけスマホ見よう」
そう思って座るんじゃけど、気づいたら30分、1時間、下手したらもっと経っとる。
ソファって、もはや家具じゃないんよ。
社畜を無力化する装置なんよ。
座った瞬間に体が
「はい、本日の営業終了です」
って判断する感じ。
頭ではまだ
「いや、あとでやるし」
って思いよるんじゃけど、体はもう完全にオフ。
スマホもよくない。
SNS見て、動画見て、ニュース見て、どうでもええおすすめ流れてきて、気づけば時間が消える。
しかも休んだ気もあんまりせん。
ただ時間だけなくなる。
これがまた絶妙にキツい。
社畜って、サボりたいわけじゃないんよ。
ちゃんと何かやりたい気持ちはある。
でも、1日の労働で消耗しすぎて、家に帰ると回復を最優先にするモードに入る。
それでソファに吸われる。
そして今日も何もできん。
この流れ、ほんま見事なくらい毎回起きる。
何もできなかった日の自己嫌悪が重い
仕事終わりに何か始めようとして、結局できんかった日。
これが一番しんどいのは、たぶん寝る前なんよね。
布団に入った時とか、歯磨きしよる時とか、ふと我に返る。
「今日も何もしてない」
「また一日終わった」
「やろうと思えばできたんじゃないか」
「このまま何も変わらんのかな」
こういうのがじわっと来る。
別に遊びまくったわけでもない。
サボって楽しい一日を過ごしたわけでもない。
ちゃんと働いて、ちゃんと疲れて、ちゃんと帰ってきただけ。
それなのに、なぜか自分を責めてしまうんよね。
ここが社畜のつらいところなんよ。
普通に生きるだけで精一杯なのに、その上で
「人生変える努力もできてない」
って自分に追い打ちかける。
そりゃしんどい。
しかもSNSとか見ると、仕事終わりに副業してます、毎日勉強してます、筋トレしてます、みたいな人もおる。
そういうの見ると余計に
「わし、何しよるんじゃろ」
ってなることあるじゃろ。
でも、そこまで単純比較できんのよね。
体力も仕事のきつさも、生活環境も、人それぞれ違う。
それでも落ち込む。
社畜は真面目じゃけぇ、ちゃんと落ち込むんよ。
やる気より残HPの問題
ここ、すごい大事なんじゃけど、仕事終わりに何もできんのって、やる気の問題というより残HPの問題なんよね。
気持ちはある。
ほんまにある。
だから帰り道で
「今日はやろう」
って思える。
でも家に着く頃にはもう残HPがゼロに近い。
社畜って、仕事で体力だけじゃなくて気力も削られるんよ。
人と話す。
気を使う。
ミスしないように気を張る。
理不尽を受け流す。
これ、見た目以上にエネルギー使う。
しかも、仕事終わりって脳も疲れちょる。
判断力も落ちるし、新しいこと始める気力も出にくい。
パソコン開くのすら面倒。
ログインすら面倒。
考えること自体がしんどい。
だから、簡単にできそうなことしか残らん。
結果、スマホ見る。
ボーッとする。
寝る。
この流れになる。
じゃけぇ、「なんで自分は続かんのやろ」って責めすぎるのは違うんよね。
続かんのは、根性がないからじゃなくて、もう十分戦ったあとじゃけぇ。
むしろそこまで働いて帰ってきた時点で、かなり消耗しちょる。
そこを無視して意識だけ高く持とうとすると、しんどさが増すだけなんよ。
社畜が何か始めるなら最初は小さすぎるくらいでいい
じゃあどうするんかって話なんじゃけど、たぶん社畜が仕事終わりに何か始めるなら、最初は小さすぎるくらいでちょうどええんよ。
よくある失敗が、最初から気合い入りすぎること。
「今日は2時間勉強しよう」
「ブログ1記事書こう」
「筋トレフルでやろう」
「副業の準備全部やろう」
これ、理想としてはええ。
でも仕事終わりの社畜には重い。
重すぎて始める前に負ける。
だったらもっと小さくてええんよ。
パソコン開くだけ。
メモ1行書くだけ。
スクワット10回だけ。
動画1本だけ見る。
家計簿アプリ開くだけ。
ほんまこのレベルでいい。
小さすぎて意味あるんかと思うかもしれんけど、社畜にはまず
ゼロを1にすること
の方が大事なんよ。
1回でもできたら、次の日ちょっとだけやりやすくなる。
逆に理想高すぎて毎回ゼロだと、自信がどんどんなくなる。
仕事終わりの悪あがきは、派手じゃなくていい。
むしろ地味でええ。
今日も1ミリ進んだ。
それくらいの感覚の方が、長い目で見たら強いと思うんよ。
何もできん日があっても終わりじゃない
これも言いたいんじゃけど、毎回できんかったとしても、それで終わりではないんよね。
社畜って、今日できんかったら
「またダメやった」
って思いがちなんじゃけど、ほんとはそんな一発アウトみたいな話じゃない。
今日ダメでも、明日がある。
今週ダメでも、来週がある。
3日何もできんでも、4日目に5分やれたらそれでええ。
続かんことを責めすぎると、ますます動けんくなる。
人生変える行動って、毎日完璧に積み上がるもんじゃないんよ。
仕事がきつい日もある。
体調悪い日もある。
心が重い日もある。
そんな中で、たまにでも
「よし、少しやるか」
って動けたら、それで十分すごい。
社畜の悪あがきって、スマートじゃない。
計画通りにもいかん。
三日坊主もある。
今日やる気だったのに無理、も普通にある。
でも、そのたびにまた
「次こそ少しだけ」
って思えるなら、まだ全然終わってないんよ。
それでも帰り道に夢を見るのは悪くない
結局、仕事終わりに何か始めようとして毎回終わる。
これ、めちゃくちゃもどかしい。
でも、わしはこの“帰り道のやる気”って、意外と大事じゃと思うんよね。
帰るまではやる気がある。
未来を変えたいと思う。
何かしたいと思う。
その気持ち自体は、本物なんよ。
実行できん日があるだけで、気持ちまで偽物なわけじゃない。
社畜は疲れちょる。
ほんまに疲れちょる。
じゃけぇ毎回理想通りにはいかん。
でも、それでも帰り道に
「今日こそ何かやりたい」
って思えるなら、心のどっかはまだ折れてない。
それって、かなり大事なことなんよ。
夢を見るだけじゃ変わらん。
たしかにそう。
でも夢を完全に見なくなったら、もっと変わらん。
じゃけぇ、何回終わってもええ。
何回ソファに負けてもええ。
そのたびにまた、帰り道で少しだけ前向きになれたら、それは立派な悪あがきなんよ。
まとめ
仕事終わりに何か始めようと思っても、家に帰る頃には気力も体力も尽きて、結局何もできんまま終わる。
これは社畜あるあるで、やる気がないというより、もう一日の戦いで残HPがなくなっちょるだけなんよね。
それでも寝る前には自己嫌悪して、変われん自分にモヤモヤする。
ここがまたしんどい。
でも、そこで全部を否定せんでええ。
社畜が何か始めるなら、最初は小さすぎるくらいでちょうどいい。
パソコン開くだけ、1行書くだけ、5分だけやる。
それで十分前進なんよ。
何もできん日があっても終わりじゃない。
また次がある。
社畜は今日も、帰り道で少しだけ夢を見る。
そして家で力尽きる。
でもその繰り返しの中でも、ほんの少しずつ前へ進もうとしよる。
それもまた、悪あがきとしては十分立派なんよ。