おばあちゃんに大きい白菜をもらった。
ありがたい。ほんまにありがたい。
でも正直、その瞬間に思ったんよね。

「……これ、どうしたらええん?」

冷蔵庫には入らんし、ひと玉まるごと使う発想もない。
金欠にはありがたいはずなのに、でかすぎて逆にちょっと困る。
そんな白菜と向き合ってみたら、鍋、炒め物、スープ、漬けものまで、思った以上にいろいろ使えてびっくりした。

今回は、おばあちゃんにもらった大きい白菜を、金欠なりに本気で使い切ってみる。

おばあちゃんにもらった白菜、ありがたいけど大きすぎて困った

「白菜、持って帰りんさい」

そう言っておばあちゃんが渡してくれたんは、スーパーで見かけるような“まあ普通のサイズ”の白菜じゃなかった。
もっとこう、本気で冬を支えてきましたみたいな、堂々としたでっかい白菜やった。

いや、ありがたいんよ。
ほんまにありがたい。
おばあちゃんがくれるもんって、ただの野菜じゃなくて、なんか優しさごと渡してくれとる感じがするけぇ。
しかも金欠の身からしたら、食材をもらえるってかなり助かる。
買い物行くたびに値段見て「高っ」ってなる今、白菜ひと玉もらえるって普通にでかい。

でもな。

でかすぎる。

家に持って帰って、まずやったこと。
それは料理でも下ごしらえでもなく、冷蔵庫に入るかの確認やった。

結果から言うと、入らん。
いや、正確には「そのままじゃ絶対無理」やった。

野菜室を開けてみる。
ちょっと角度を変えてみる。
葉っぱを軽く押してみる。
いけるか?と思ったけど、全然いけん。

白菜が強すぎる。

こっちが工夫しようとしても、「わしはこの大きさで生きとる」って感じでびくともせん。
結局、半分どころか何枚か外葉を使ってようやくどうにかするレベル。
この時点でちょっと笑った。

「いやおばあちゃん、ありがたいけど本気すぎるて」

でもまあ、困った困った言うても白菜は白菜。
もらった以上、ちゃんと食べたいし、無駄にはしたくない。
それに、こういう“いっぱいある”って状況、金欠の時には地味に安心感あるんよね。

財布の中身は頼りない。
でも台所にでかい白菜がある。
たったそれだけのことなんやけど、なんか「しばらく何とかなるかもしれん」って思える。

ただ、その時の正直な気持ちを言うと、

「で、どうしたらええん?」

やった。

白菜って、鍋のイメージはある。
あるけど、ひと玉まるごととなると話が違う。
鍋だけで終わらせるには量が多いし、傷ませるのももったいない。
何に使えるんか、どこまでいけるんか、その時の自分にはまだ見えてなかった。

でも、とりあえず思ったんよ。

この白菜、ちゃんと向き合ったらかなり強いかもしれん。

そうして、うちの“白菜使い切り生活”が始まった。

とりあえず鍋にしてみたら、白菜の強さをいきなり思い知った

白菜をもらって最初に思いつくんは、やっぱり鍋やろうね。
迷った時の鍋。
困った時の鍋。
冬の正解みたいな料理。

というわけで、まずは王道でいってみた。

切ってみると、やっぱり量がすごい。
包丁入れた瞬間、葉っぱの層がぶわっと広がって、「あ、これかなりあるわ」ってなる。
白い芯のとこはみっちりしとるし、葉の部分はふわっとしとるし、同じ白菜でも場所によって表情が違うんよね。

鍋に入れて火を通していくと、最初あんなに山みたいにあった白菜が、しんなりしていく。
あの瞬間、なんか毎回ちょっと感動する。

「え、さっきの量どこ行ったん?」

ってなるくらい縮む。
でも、それでいてちゃんと存在感はある。
ただ水っぽくなるだけじゃなくて、甘みが出る。
これが白菜のえらいところなんよ。

豚肉と合わせてもいい。
鶏でもいい。
豆腐でもいい。
きのこ入れてもいい。
なんなら白菜さえうまければ、鍋としてだいぶ成立する。

ひと口食べて思った。

「白菜、思ったより主役じゃん」

今まで鍋の中の白菜って、なんとなく“入っとるもの”くらいの感覚やったんやけど、実際に大量にもらってちゃんと向き合ってみると、全然違う。
芯の部分はとろっとしつつも少し食感が残って、葉の部分は出汁を吸ってやさしい。
これがご飯にも合うし、ポン酢でもうまいし、味噌系でもいけるし、ほんま万能。

しかも、何に合わせてもうまい。

豚の脂とも合う。
鶏のあっさり感とも合う。
豆腐のやさしさとも合う。
出汁だけのシンプルな鍋でもいけるし、ちょっと濃いめの味付けでも負けん。
白菜ってこんな受け止め力あるんやなって、そこで初めてちゃんと気づいた。

あと、鍋のいいところは、“とりあえずたくさん消費できる感”があること。
金欠の時って、ひとつの食材をちゃんと使い切れると妙に達成感あるやん。
その一発目として、鍋はかなり優秀やった。

ただな。
鍋にして食べて、「うまかったー」で終わるかと思ったら、全然終わらんのよ。

まだある。
しっかりある。
冷蔵庫開けたら、まだ白菜がおる。

「あれだけ食ったのに、まだこんなにあるんか…」

でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろここからが本番な気がしてきた。

 

炒め物、スープ、漬けもの。気づけば白菜が万能すぎた

鍋で白菜の強さを思い知ったあと、「これ他にもいけるんじゃないか?」ってなってきたんよね。
で、そこからはもう、白菜の可能性を試す時間になった。

まずは炒め物。

これがまた、想像以上にええ。
白菜って鍋専用みたいに思われがちやけど、炒めてもちゃんとうまい。
芯の部分はシャキッと感が残るし、葉の部分は調味料を吸ってやわらかくなる。
豚バラと一緒に炒めたら、白菜の甘みと脂のコクが合わさって、ご飯が進む進む。

オイスターソース系でもうまいし、塩こしょうだけでも成立する。
中華っぽくしてもええし、ちょっと和風にしてもいける。
ここでもやっぱり思うんよ。

何に合わせてもうまい。

冷蔵庫にちょっとだけ残っとる肉。
半端なにんじん。
しいたけ。
厚揚げ。
卵。
ほんま、だいたい受け止めてくれる。

金欠の時って、“主役を買う”というより“あるもんをどうまとめるか”の発想になるやん。
その時、白菜はめちゃくちゃ優秀。
自分が前に出すぎんけど、全体をうまくまとめてくれる。
なんか、できるやつなんよ。

次にやったんがスープ。

これもよかった。
鍋ほど気合い入れんでもええし、炒め物ほど油を使わんでもいい。
ただ白菜を切って、コンソメでも和風だしでも、中華スープでもいいけぇ煮る。
それだけでちゃんと一品になる。

しかも白菜って、煮ると甘みが出るけぇ、スープにするとやさしい味になるんよね。
朝ちょっと食べたい時にもいいし、夜に「今日は重いもんはええかな」って時にもいい。
胃にもやさしい。
財布にもやさしい。
最高やん。

で、さらによかったんが漬けもの。

最初は正直、そこまで期待しとらんかった。
でも軽く塩振って置いとくだけでも、ちゃんと白菜のうまさが出るんよ。
あのシャキシャキ感とみずみずしさが残って、ご飯のおともにぴったり。
ちょっと昆布入れてもいいし、鷹の爪入れてもいい。
シンプルなんに、妙にうまい。

ここまで来るともう、白菜に対する見方が変わってくる。

最初は
「でかすぎて困る」
やったのが、

途中から
「まだまだ使える」
になって、

最後には
「白菜、強すぎん?」
になっとる。

しかもそれぞれの料理でちゃんと顔が違うんよ。
鍋ではやさしい。
炒め物では頼もしい。
スープではほっとする。
漬けものでは地味に止まらん。
同じ白菜なんに、使い方でこんな変わるんかってちょっと感動した。

冷蔵庫に入らんって困っとった最初の自分に言いたい。

「大丈夫、その白菜、めちゃくちゃ使えるけぇ」

食べてもまだある。でもそれが金欠の自分にはありがたかった

ここまでいろいろ作って、かなり白菜を使った。
鍋にして、炒めて、スープにして、漬けてもみた。
もう十分頑張ったと思う。

でもな。

まだあるんよ。

白菜、ほんまに手強い。
いや、手強いっていうか、頼もしすぎる。
切っても使っても、まだ残っとる。
最初は「こんなにいらんかも」って思った量が、気づけば“安心材料”になっとった。

冷蔵庫を開けた時、まだ白菜が見える。
それだけで、ちょっとホッとするんよね。
「ああ、今日も何か作れるわ」って思える。
これは金欠の時ほど沁みる感覚なんよ。

金がある時は、足りんかったら買えばええ。
でも金欠の時はそうもいかん。
買い物ひとつにも気を使うし、「今これ買って大丈夫か?」って頭の中で会議が始まる。
そんな中で、家にでかい白菜がある。
しかも何にでも使える。

これ、思った以上に強い。

鍋に合わせてうまい。
肉に合わせてうまい。
豆腐に合わせてうまい。
麺に入れてもうまい。
白ごはんにも合う。
味噌にも醤油にも塩にもいける。
ほんま、守備範囲が広すぎる。

そして何より、量がある。

食べてもまだある。
明日もある。
たぶん明後日もいける。
この“尽きん感じ”って、心の余裕につながるんやなって思った。

もちろん、豪華な料理ではないんよ。
高級食材でもない。
映える外食みたいな派手さもない。
でも、こういう時にありがたいんは、そういうキラキラしたもんじゃなくて、ちゃんと腹を満たしてくれる存在なんよね。

おばあちゃんはたぶん、そこまで考えて白菜をくれたわけじゃないと思う。
ただ、「食べりんさい」って気持ちでくれただけやと思う。
でも、その優しさがほんまに助かった。

最初は困った。
冷蔵庫にも入らんし、どうしたらええかわからんし、量も多すぎた。
でも、いざ使ってみたら、白菜って想像以上に頼れる食材やった。

困るくらい大きかった白菜が、
気づけば何日も自分の食卓を支えてくれた。

なんかそれだけで、ちょっと救われた気がしたんよね。

まとめ

困った白菜が、気づけば金欠生活の救世主になっとった

おばあちゃんにもらった大きい白菜。
最初はほんまに困った。

ありがたい。
でもでかすぎる。
冷蔵庫に入らん。
どう料理したらええかわからん。
正直、ちょっと途方に暮れた。

でも、鍋にしてみたらうまかった。
炒めてもよかった。
スープでもやさしかった。
漬けものでもちゃんと仕事した。
白菜って、ほんま何に合わせてもうまいし、使い道が広い。

しかも量が多いけぇ、食べても食べてもまだある。
その“まだある”っていう安心感が、金欠の自分にはかなりありがたかった。

派手じゃない。
でも、こういう食材があるだけで生活ってちょっと楽になる。
心まで一気に救われるわけじゃないけど、少なくとも「今日の飯どうしよう」はちょっと軽くなる。

困ったはずの白菜が、
最後にはしっかり金欠生活の救世主になっとった。

おばあちゃん、ありがとう。
あの時は「どうしたらいいかわからん…」ってなっとったけど、結果的にはめちゃくちゃ助かった。

そして今の自分は思う。

白菜、なめたらいけん。

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